同じ風景を見る
胸がつぶれて
なにも出来ないときには
ただ生きているだけでいいことにする
ただ生きているだけでいい
誰もわたしに何も望まず
わたしもなにも望まない
何ものでなくても良く
まわりも何ものでなくとも良い
幸せでなくとも
不幸せでなくともいい
ただ「ある」だけ
開かれた空間に意識が一つ
気づいている意識が一つある
....
朝だけれど
耳を澄ませば
虫がとぎれとぎれに鳴いている
...
妹が向こう側へ行ったことを
まだ受け入れられない、と母は話すことがある
目覚めた時に
夢だったろうか?と
わたしも毎朝思う
そんな母ですが
自立して一人旅ができるようになりたいと
秋の日帰りバスツアーを申し込んでいました。
松茸御膳にひかれて決めたツアーらしく(....)
行き先もよくわからないとのことで、A県だろうと言っていました。
ところが、数日前に送られてきたパンフレットを見たら
行き先がB県と書かれていて、一瞬、どうしようか?と思ったそうです。
そこは
妹が天に旅立った場所
でもやっぱり行くね!B県は広いし、と言っていました。
しかし、前日に、ツアーの詳細を尋ねてみると。
妹が旅立った土地の、もう十キロも離れていない場所。
あまりにも近いので、さすがにわたしは
母には無理だろうと心配したのですが
母は、お祈りしてくる、と言いました。
旅は、やはり辛い気持ちになった場面もあったようです。
妹は、一体どんな気持ちで深夜の高速道路を走っていたのか…
それを思うと、胸が詰まる。
しかし、母は、祈ってきてくれました。
しかしどうしてこんな偶然があったのでしょう?
妹は、母に、寄り添ってもらいたかったんじゃないかな…と思う。
向こう側に行く前に見た、
同じ風景を見て欲しかったのかもしれないと思います。
母が家に来たときは、作ってくれたお惣菜を
お皿に少しずつ盛って
新米の玄米も小さく盛り、ノンアルコールビールを添えて、
ちょっとしたご馳走だった
わたしは
チャパティとミルクティーばかりだから
妹もちょっと飽きているかもしれない
目の端にピカッと光る光は、
妹を守る存在だろう、と教えてもらったことがある
引き続き、妹に語り掛けるようにと…
妹であることはかわりないから、かわいがりたいし、
やさしくしたいし、これからもそうしよう
母の次の冒険は、一泊の一人旅にチャレンジ
次は、蟹食べ放題にするの、うふふ...と言っている
小さな頃から波乱続きだった母
戦争で満州から引き揚げてきて、三人の弟を亡くした
結婚してからも苦労が耐えなかった
毎晩、階段のところで泣いていたのを覚えている
母は妹に、ずっとよりそっていたのに…
母には遺書も何もない
妹がどうして死んだのか、どうしてもわからない、という母
ごたごたの巻き添えで、孫にも会えない母
数年前からは、悲しかったことはどんどん忘れはじめている
忘れるって許すことだ
だから笑顔がパッと明かりがついたようなんだね
...





